6.金曜日
MADとかいうPCに襲われてもGvGの試合が近付いていても日常生活にはほとんど関係なく、今日も僕は普通に学校に行かなくてはいけない。授業はどことなく心ここにあらずといった状態になりがちで、宍戸に呼ばれたときも戦闘のイメージトレーニングをしていた時だった。
「萩野、昼休みに今配ったプリントを集めて俺のところに持ってこい」
そう言って宍戸は示すように目の前に掲げてプリントをひらひらと振った。
「あ、はい」
別に僕は委員でも係でもないので、なぜ僕がこういう役回りを担う事になったのか分からないでいたが、別に手間のかかる仕事でもないので文句は無かった。
委員も係もやっていない身分である僕はこういうところで点を稼がなくては心象は良くする方法がない。まあ、心象が良くてもなにかが変わるわけじゃあないが。
僕はクラスメイトからプリントを集めると昼休みに宍戸に提出するため職員室へと訪れた。プリントを抱えて職員室に入ったとき、すれ違いざまに一人の男子学生と目があった。
写真部の部長とかいう学生だ。ええと、名前は筒井でも内海でもなくて、そう、堤だ。
無視するのもおかしいので軽く会釈をする。彼は見知らぬ下級生が会釈をしてきたことに怪訝な表情をしたが僕の顔を見て、彼は表情を変えた。どうやら覚えていたらしい。
「君は確か江本さんと一緒にいた……ええと、萩野くんだったかな?」
「……どうも」
話しかけられては無視して行きづらい。しかも名前まで覚えているとは。仕方なく僕も足を止めた。
「江本さんに聞いたよ。猫殺しの犯人を捜してるんだって?」
江本はこんな事を人に話しているのか?意外とお喋りだという事実に少し驚く。
「ええ、まあそういうことになってます」
本来なら「探している」という動詞の前に「強制的に」という言葉が付くが、僕は口にはしなかった。
「うん、いや彼女に振り回されることになるとは君も災難だね」
堤は苦笑いを浮かべ、僕を見た。
「ええ全くです」
僕はすぐに同意する。それからふと気付く。この堤という人は江本の本質に気付いているようだ。
「先輩も江本さんには振り回されてるんですか?」
「いやそうでもないかな。彼女は写真部では普段どおり猫を被っているよ。君の知っている彼女は君の前だけでしか見れないんじゃないかな」
「え、じゃあなんで先輩は彼女が猫を被っている事を知ってるんです?」
「彼女とは短い付き合いじゃないからね。それに彼女から君の話を聞いていると大体光景が想像できるんだよ」
そう言って堤は笑みを浮かべる。
「おっと、僕は用事があるから失礼するよ。じゃあ犯人探しがんばってくれ」
そう言って写真部部長は爽やかに去っていった。
写真部って少し暗い感じがする部だと思っていたが、あの部長を見ていると考えを改める必要がありそうだ。
僕はプリントを持ち直し、目的の教師の机を見ると宍戸が座っているのが見えた。
彼は僕の姿を認めると軽く手を挙げて僕を呼び、僕は軽く会釈をして机の傍まで寄ると宍戸は首をかしげた。
「萩野、堤と知り合いか?」
僕と堤が入り口のところで会話をしているのが見えたのだろう。そして僕ら二人に何の接点もないから疑問に思ったのかもしれない。
「ええ、ちょっと二度顔を合わせただけの知り合いです。ってあれ?先生って3年生も担当してましたっけ?」
「いや、俺は写真部の顧問だからな。あいつは部長で今日は提出の遅れたプリントを出しに来たんだ。本当は火曜に集めるはずだったんだがあいつは早退して提出できなかったからな。ってなんで俺はお前にこんな話をしてるんだ?」
「さあ?」
僕も首を傾げる。それから集めてきたプリントを手渡し、立ち去ろうとしたが宍戸が僕を呼び止めた。
「ちょっと一つ訊いていいか?」
「……なんですか?」
「もう二年だしクラスの奴の進路を訊いておこうと思ってな。事前調査だから詳しいことは訊いていないんだが、お前がどうも灰色ではっきりしないんだよ。だからお前に直接訊こうと思って雑用にかこつけて呼び出したんだが。まあ別に雑用にかこつける必要はないんだが一石二鳥ってやつだな」
宍戸の言葉になるほどそういうことかと納得する。回りくどいとは思うが、まあ気にはしない。
「進路は何だ?就職か?進学か?」
二年だし進路を考える季節なのかもしれないが、僕はいまだに決めかねていた。
その僕の態度に気付いたように宍戸は何かのファイルを開いて僕を見た。
「お前は突出して成績が良いわけでもないが、悪くもない。授業態度も人並だし、不真面目というわけでもない。はっきり言ってお前は珍しいくらい人並な生徒だ」
どうやらファイルには僕の個人情報が載せられているらしい。
「正直言って人並な生徒なんて教師にとってはつまらんぞ。少しぐらい悪いのが可愛いもんだ」
だからといって僕は悪くなるつもりは無いし、今の自分で満足している。僕は適当な返事を返した。
「はあ」
「……冗談なんだが、笑えよ」
宍戸は苦笑し、そして僕を見据えると真顔になった。
「だがな、俺はお前の入試の成績を知ってる。それに入学後に短くない期間入院していたことも、そのブランクがありながらもダブらなかったこともな」
入試の成績は普通は発表されないので本人ですら成績を知る事はない。だが宍戸は一年の時から僕の担任だった。だったら知っていてもおかしくはないだろう。
「受験の時は必死でしたから」
僕は笑って済ますことにした。それが一番簡単だ。しかし宍戸は笑わない。
僕の愛想笑いは宍戸に見透かされているように効果は無い。なんだか阿呆みたいなので僕は笑うのを止めた。
「社会に出ればまず微分積分なんか使わない。物理学にしたって重力加速度を日常で計算する事はないだろう。萩野、お前はなぜ学校に行って社会で使いもしないことを勉強するか知っているか?」
「学歴を得るためですか?」
「それも半分ある。今の社会、全て学歴だからな。真面目に勉強してなくても卒業したという証明さえあれば大企業にでも就職できる。実際学歴なんてものにはID程度の意味しか存在しないが、学歴がなければ取れない資格だってある。大学なんか行かなくても根性と努力さえあれば独力で勉強できても、埋めることの出来ない溝が確かにある」
「じゃあ二つ目の理由は何ですか?」
「それはなお前らにある程度の知識を教えておくためだ」
「ある程度の?」
「そう、現代の科学っていうのは専門分野の知識がかなり鋭角化している。同じジャンルの研究をしていてもちょっと専攻している分野が違うだけで畑違いでさっぱりっていうのもよくある話だ。しかし我々はそういった技術を使うためにもその技術そのものについてもある程度知らなくてはいけない」
「でもほとんどの人はその詳しい仕組みを知らなくても使ってるじゃないですか。僕だってパソコンがどうやって動くかなんて詳しい事は分かりませんよ」
「だからそこが問題だと言ってるんだ。もし今研究開発している人間がいなくなったら、もう今の科学は全て無くなるってことだ。今の科学はそんな危うい土台の上に据えられてるんだよ。・・・でもこれは仕方がないことだ。今ある全ての技術を教え込んでいたら、教育を終えるまえに死んじまうだろうな。だからそんなことはせずに特別な選ばれた者だけが教育を受け、次のステップへ進んでいくんだ」
「その選ばれた人間のために今の義務教育があると?」
「そう、お前らのほとんどは普通にサラリーマンやって普通に生きるんだろう。でも中には科学者になって世界をひっくり返す大発明する奴がいるかもしれない。俺はそんな奴が教え子の中にいるかもしれないと思ってる。お前ら全員にその可能性があるんだ。だから俺は教えてる」
「それが先生が教師になった理由ですか?」
「まあ、そうだな。一番の理由はドラマの中の教師に憧れたっていうのだがな。ところでお前はどうだろうな。これから先凄い事をするのか?」
「僕はそんなに大層な人間じゃないですよ」
「さあ、それはどうかな?発明王エジソンだって子供のときは問題児だった」
世界の偉人と一緒にしないで貰いたい。
「僕と発明王を一緒にしたらエジソンに失礼ってもんです」
「お前はいつになったら本気を見せるんだ?お前の底力なんてそんなもんじゃないだろ」
「買い被りですよ、先生」
「どうかな?それとお前は何事においても客観的に捉えるところがあるな。それが悪い事だとは思わないが、どうも俺には手を抜いて生きているように見える。事の当事者にはなりたがらずに、逃げ続けているようにな」
僕はなにも返せなかった。自覚が多少なりとはあったからかもしれない。
「俺はお前の本気が見てみたい。これは教師としての義務というよりか個人的な興味かな」
僕が何も言えぬまま予鈴が鳴り、職員室を出た。
「どうした?元気ないな」
休み時間に晋悟は廊下で外を眺める僕に声をかけてきた。
あまり話しをしたくは無い気分だったので追い払おうかとも思ったが、その気力もない。
宍戸の言葉があれからずっと僕を悩ましていた。
「別になんでもないさ」
「まあいいや。ところで今日は江本と一緒じゃないのか?」
唐突な言葉に僕は一瞬戸惑った。
「……なんであいつといつも一緒にいなきゃいけないんだ?」
「だってもっぱらの噂だぜ?お前と江本が付き合っているっていうのは」
「……マジか?」
僕は耳を疑った。確かに僕は江本に付き合って猫殺しの犯人探しをしているが、晋吾が言う付き合っている≠ニは違う意味だろう。
「当事者のお前が知らなかったのかよ。……いろいろと目撃情報があるんだぜ?お前らが自転車で二人乗りしてるのを見たとか、一緒に図書館にいるのを見たとか。そういった噂は本当か?」
身に覚えのあることばかりである。どうやら僕らは普通に目撃されていたようだ。
よくよく考えればこの高校の生徒数は約千人、それがこの町に広くにわたって分布しているのだ。その上江本がなまじ有名であるためか情報が多い。
「全く根拠のない嘘ではないな」
「なんだやっぱし本当だったのか。……で?付き合っているというのは事実なのか?」
晋悟は興味ありげに尋ねてきた。だがいつもの強引さはない。どうやら晋悟らしくもなく事が事実だと知って遠慮をしているようだ。それが可笑しくて僕は笑みを浮かべながら答えた。
「恋愛関係にあるか?という意味ならノーだな。むしろ僕が彼女に振り回されているというのが事実だ」
僕はこれまでのゲーセンから始まり、猫殺しの犯人捜しに至るまでの経緯を手短に晋悟に話してやった。別に全部を話してやる義理はないのだが、どこかを省略して語れるほど簡単な内容ではないし、僕も話すのが得意なわけじゃない。
僕の説明を聞いた晋悟は面白そうに笑みを浮かべた。
「多数決の原理を知ってるか? 客観的に観察して多くの観察者によって支持された意見は少数意見を無視して採用される。つまりだな、お前と江本が付き合っているという噂はかなり広がっており、それが既成事実になってしまっているということだ。……ようやく翔にも春が来たか」
「…………」
僕は無言で晋悟を睨みつける。僕の殺気を察したのか晋悟は咳払いをして話を変えた。
「しかしお前のどこが彼女のお眼鏡に適ったんだろうな?」
「僕が知るわけないだろ。本人に訊いてみろ」
「本人にってなぁ……」
晋悟は渋い顔をする。流石の晋悟も学年トップの優等生を前に怖じ気付くらしい。僕は晋吾の後ろを指差した。
「丁度後ろに立ってるぞ」
僕の冗談だと思ったのだろう。晋悟が何気なく自分の背後を見やるとそこには本物の江本。気配を殺して人の背後に立つとは趣味の良い事をしてくれる。
「で、えぇ!?」
晋悟は驚きのあまり後方へ飛び下がった。素晴らしいリアクションだ。芸人でもこうはいかないだろう。
そのリアクションに苦笑とも呆れとも判別できない表情をしつつも江本は僕に抗議する。ちなみに今日は眼鏡をかけていない。
「あのね、私を使って遊ばないでくれない?」
「悪い。でもちょっと面白そうだったから、つい出来心で。……ところで何の用だ?」
江本は晋悟のほうを一瞥すると、首を横に振った。
「別に後でいいわ、大した用でもないし」
僕が他の人間と会話していたので遠慮したのだろう。晋悟相手に別に遠慮など必要ないが、どうせ猫殺しの件だと分かりきっていた為僕も深くは尋ねない。
「じゃあ後で」
そう言って江本が立ち去ろうとした。それを晋悟が引き止める。もう立ち直ったようだ。回復が早い奴だ。
「ちょっといいですか、江本さん」
「……何?」
幾分訝しげに江本は振り向いた。顔には若干の警戒の色が見てとれる。江本は僕のほうを見てどういうことかと問いかけていた。だが僕もなぜ晋吾が声をかけたのかがわからないので僕は彼女に肩をすくめて見せた。
「晋悟、どうしたんだ?」
「ああ?お前が言ったんだろ。彼女に訊けって」
そういうことか。というか本当に訊くのかよ。
「この凡人のどこが御気に召したので?」
晋吾の指先は僕に向けられている。確かに僕は凡人だが、面と向かって言われると少々むかつく。
江本の顔が再び僕に向けられたので、僕は関与を否定するために肩をすくめて見せた。
「ええと……萩野君はそれほど凡人ではないと思いますけど?」
萩野君なんて初めて言われたぞ、おい。
しかしながら晋悟は江本の答えに満足しなかったようだった。
「成績も運動能力も愛想も見た目も中途半端なこいつが凡人ではないと?」
おいおいそこまで言うか普通。僕は抗議しかけたが墓穴を掘りかねないので黙っておく。
「……確かにいろいろ中途半端な凡人ですけど、彼には少し助けてもらったこともありますし」
「でもこいつは新入生の代表挨拶なんていう滅多にない大役を断るような小心者ですぜ?」
意外なことに晋吾の言葉に江本は驚いたような表情を見せた。それは本当なのかという顔で江本は僕を見てきた。この事は晋悟にしか言っていないことだった。しかし晋悟に言ったという事が問題かもしれないという事に今気付いた。大失態だ。
江本は僕の表情から、晋悟の言葉が真実であると悟ったようだった。
「…………君はどれだけ私の尊厳を踏みにじれば気が済むわけ!?」
大声ではないものの江本の声は怒気を含んでいた。
江本の反応に僕も晋悟も動けずにいると彼女は怒って行ってしまった。その後姿を見ていた晋悟だったが、僕の顔を見て不安げに尋ねてきた。
「……なあ、俺まずいこと言ったか?」
「自覚するだけまだ救いはあるが、いっぺん死んで償って来い」
僕はそれだけ言うと窓の外を見た。
新入生挨拶という大役は入学試験の成績が良い人間に回ってくる。僕が断り、江本が受けたという事実は、僕が江本より良い成績で試験を通過した事を意味していることに彼女は気がついたのだ。だから負けず嫌いの彼女は怒っている。その事実だけではなく、その事を僕が言わなかったという事についても怒っているのだ。
全く気が滅入る。
江本から何の連絡もないまま放課後になった。
本来ならさっき彼女から今日の予定を聞くはずだったのだが、彼女と連絡が取れないのでは仕方がない。放課後しばらく教室に残ってみたが、教室の清掃が終わっても彼女が現れる気配は無く、仕方なく彼女の教室に行ってみたが案の定誰もいなかった。
ケータイの番号など知らないので連絡のとりようもなく、さっきのことをまだ怒っているのかもしれないと考え、僕は諦めてさっさと帰る事にした。
久しぶりのゆっくりとした帰宅。どことなく懐かしい。
家に帰り玄関に入るなり僕は違和感を覚えた。
理屈のある感覚ではないが、馬鹿にはできない感覚だ。
僕はその感覚を信じてその根源を探すと見覚えのある靴が玄関にあるのを見つけた。
決して新しいわけじゃないが、綺麗に磨かれている黒のローファー。愛海はこういう靴は履かない。愛海はスニーカーの方が好みだし、あいつが履いている靴くらい僕にも分かる。
更に強まった嫌な予感というべき考えが頭の中を駆け巡るが、肯定したくはない。まさかと思いながらも居間へ向かうと、予想通りの顔がそこにあり邪悪な微笑で迎えられた。
「お邪魔してます」
「あ、お兄ちゃんおかえり」
愛海の声は僕に届かない。蛇に睨まれたカエルの如く僕は動けなかった。
「……なんで、君がここにいるんだ?僕の思い違いでなければここは僕の家だ」
「その通り、君は間違ってないと思うけど」
悪意を五割ほど含有した微笑を彼女は僕に向けた。僕はぎこちなく笑う他ない。
江本は心臓に悪すぎる。ペースメーカーの使用においての注意点に、電磁波や静電気の他に江本を付け加えることを薦めたい。
「お兄ちゃん、茜さんがねケーキを買ってきてくれて……」
ケーキなんてどうでもいい。僕は江本の腕を掴むと愛海から離れ僕の部屋に引っ張っていく。
二人になると僕は呼吸を整え、彼女を見据えた。江本は私服に着替えており、赤いカットソーに白の丈の長いスカートを履いている。一旦家に帰ってからここに来たということらしく、わざわざケーキを買ってきていることからもそれが分かる。
「なんで、君はここにいるのですか?」
「え?私の尊厳を踏みにじった仕返し。ちょっとびっくりしたでしょ?」
江本は全然悪びれた様子を見せずに微笑む。何を言っても無駄なような気がしてきた。
「ええ、とってもびっくりしましたとも。覚醒しながら悪夢を見てるのかと思ったくらいにね」
「それは幻覚じゃなくて?」
「僕は正真正銘しらふだ」
そこに愛海がドアから顔を覗かせた。
「お兄ちゃん、紅茶でいいんでしょ?」
「ああ……っておい、ちゃんとノックしろ」
「茜さんも紅茶だよね?」
「……おい」
「ええありがとう、愛海ちゃん」
「……おい、無視すんなよ」
僕の抗議は愛海に軽く無視され続ける。兄の威厳全くなし。まあ、あった事など一度もないが。
「ちょっと待ってね」
そう言うと愛海は階段をぱたぱたと駆け下りていく。どうやら紅茶を持ってくるようだ。
「……って君、なに普通に馴染んでるわけ?いつの間にか下の名前で呼び合ってるし」
「いいじゃない。それにしても可愛らしい妹さんね。君の妹とは思えないくらい」
「……出来のいい妹である事は否定しない」
愛海は僕と違い学校でも人気者で、頭も良く運動神経も良い。僕と真逆な人間だった。
「……妹萌え?」
江本の冷ややかな視線を受け流す。こう何回もされればいい加減に慣れてくる。
「そのネタはもういいから」
「冗談よ。ところで君、メンデルの法則って知ってる?」
メンデルとはインゲンで実験を繰り返した牧師だか神父だったはずだ。
「それぐらい学校で習う。遺伝に関連した法則だろ。それがどうした」
「いうなれば愛海さんがプラスプラスなら、君はマイナスマイナスってところかしら?」
「一言、似てないって言えよ」
「同じ血を受け継いでいても哀しいものね」
江本は遠くを見るような目で僕を見た。
「余計なお世話だ」
僕は頭を抱えた。なぜか江本のペースから逃れずにいる。一気に疲労感が増してきた。
「おまたせー」
そこに愛海が盆に紅茶と江本の買ってきたというケーキを載せてきた。
僕は江本を責めるのを諦め、ベッドの上に腰を下ろした。なんか疲労感がある。
「どう?ここのミルフィーユは結構美味しいのよ」
まるで自分のことのように自慢する江本。僕は更に乗せられたミルフィーユを受け取り、それを眺める。安いものではなさそうだ。
「へえ」
「感動が少ないわね」
江本の鋭い視線を感じるが、僕は気にせずにフォークを手に取り一口食べる。
へえ、ミルフィーユと言っていたが一番下はスポンジ生地なのか。いちごとブルーベリーの程よい酸味にカスタードと生クリームがほどよく甘くて美味しい。
「わっこれ美味しい」
この声は僕じゃない。愛海だ。
「……なんでお前までここにいるんだ?」
「いいじゃない、別に」
僕の冷ややかな視線を愛海は軽く受け流し、ケーキを頬張っている。
……まあ、いいけどね。
僕は紅茶に口を付けた。個人的意見だが甘いものにはやはりコーヒーより紅茶の方が合うな。
黙ってケーキを食べていた愛海だったが、思い出したように江本のほうを窺って口を開いた。
「ねえ、茜さんってお兄ちゃんの彼女?」
あまりに単刀直入すぎる質問に僕は紅茶を噴出しそうになる。まだこいつはそんなことを言っているのか。しかし江本はいたって平静な表情で受け応える。
「違いますよ。翔さんとはお友達です」
そう言い優等生の微笑みを浮かべる。こうも二つの人格を使い分けられる江本が羨ましい。しかも翔さんときたもんだ。初めて言われたぞ、そんな丁寧な呼び方。
ケーキを食べ終わるのを見計らって江本が僕に尋ねた。
「ところで発見現場の場所は調べたの?」
いけね。忘れてた。
僕の表情を見てとった江本はため息をついた。
「全く……でもまあ私も人の事言えないわね。私も一件しか調べられなかったわ」
江本は一枚の紙切れを僕に手渡した。日付と住所が書いてある。日付は大まかな事しか書いてないが、瑣末な事は問題ではない。
「しかし他のはどうするんだ?」
「どうしようもないでしょ」
諦めに似た表情を江本はした。まあ現場に行ったからといって何かが分かるわけでもないのでそれに固執する必要もないのかもしれないが。
「何の話?」
愛海が興味深げな顔をして僕らの顔を覗きこんできた。昔から好奇心だけはある奴で、その上諦めが悪いときている。
隠す必要もないので江本の顔を窺ってから僕は愛海に教えてやった。
「猫殺しの犯人を捜してるんだ。それでその発見場所を調べてるんだが見つからない」
「へえ、私知ってるよ」
最初僕は愛海が何を言っているのか理解できなかった。
「……なに?」
「私知ってる」
「知ってるって、猫の他殺体が発見された場所をか?」
「うん」
「なんでお前が知ってるんだ?」
「女子は噂好きな人間が多いんだよ」
愛海は勝ち誇ったような顔をした。
僕らがこの数日間捜し求めていた情報を、よりにもよって愛海が持っているとは。
僕が江本の顔を見ると江本は苦笑いとも言うべき表情を浮かべ、肩をすくめて見せた。
ネットで愛海が教えてくれた住所と江本から受け取った紙に書いてる住所を検索し、地図をプリントアウトした。数枚のコピー用紙を手に僕は呟いた。
「これでやっと捜査ができるわけか」
「あら、やけにやる気満々じゃない?」
江本が皮肉っぽい笑みを浮かべたのに対し、僕は肩をすくめた。
「……君に抵抗するのを諦めただけだよ」
僕は私服に着替え、さっそく調べがついたその現場へと足を向けることにした。
愛海もついて行きたいと言い出したが、受験生は勉強するように言うとふてくされた様に頬を膨らまし、そして意地悪い顔をして言った。
「仕方ないから気を遣って二人にしてあげる」
殴ってやろうかとも思ったが大人気ないので止めておいた。
江本は今日は自転車で来ており、発見現場は比較的広範囲に広がっていたので徒歩は時間がかかると考え僕も自転車を使うことにした。
地図を頼りに自転車を走らせ、あまり来たことがない住宅地を行くとなぜか変な感覚に襲われた。
なんかここに見覚えがある気がする。だが僕はこんな所に来た事なんて無い。ということは、これがいわゆるデジャ・ビュってやつなのか?
突然動きを止めた僕を訝しげに江本は見た。
「どうかした?」
「別に……なんでもない」
とりたてて重要な事でもないので江本には告げず黙っておく。……そうだ、デジャ・ビュなんて珍しくもない。
「ここら辺か?」
地図を見ていた江本が周囲と地図を見比べ頷いた。
「そのようね、この……空き地かしら」
江本が指差した場所を見る。やはりなぜか僕には見覚えがあった。
「……どうしたの?」
釈然としない僕の表情を見てとった江本は訝しげに僕を見た。
「いや、別に」
僕は曖昧に言葉を濁すだけに留めておく。きっと偶然だ。どこかここに似た風景を思い出して前に見たと感じているに違いない。デジャ・ビュとはそんなものだ。
しかし僕の戸惑いは他の場所を巡るたびに強くなった。
行くところ行くところ全ての場所でデジャ・ビュを感じた。
僕はこれらの場所には一度も来た事がないと断言できる。それに一度来たことがあるようなところなら覚えているし、デジャ・ビュを感じるような曖昧な記憶じゃないはずだ。
だったらなんだこの感覚は?
僕は実は二重人格で猫殺しの犯人だったっていうオチか?僕は夢遊病どころか寝相も悪くないし、いびきもかかないぞ。それに二重人格は江本の専売特許じゃないか。キャラがかぶっちゃマズいだろ。
僕の考えを知ってか知らずか、江本は僕の顔をやけに真摯に窺っている。ちょっと視線が怖い。無視しようかとも考えたが、その視線に耐え切れずに僕は彼女を見た。
「どうかした?」
「……言動がさっきから怪しいわよ」
「ああ、そうだな。そうかもしれない」
否定はしない。自分でも自覚している。どうも今日の僕はおかしかった。
江本は僕を黙ってみていたが、おもむろに口を開いた。
「ねえ、君が犯人じゃないないでしょうね?」
「……その冗談笑えるな」
心臓がどきりとする。だが顔には出さずに笑い返す。どうにか自然に出来たはずだ。だが江本はにこりともしない。僕も少しだけ焦った。
「おいおい、本気で疑っちゃってるのか?僕は猫を殺すなんてことをするような暇人じゃないし、動物を殺せるほど度胸もないよ」
そうだ。ただデジャ・ビュを感じただけで僕が犯人っていうオチはないだろう。無理やりすぎる。ミステリーなら三文小説もいいとこだ。
江本も確証のない疑念だということに自分でも気付いたらしく、やっといつもの少し悪意を含んだ笑みを浮かべる。
「念のための確認よ。君が犯人なら捜す手間が省けるでしょ?」
「……で、僕が犯人だったらどうするつもりだったんだ?」
「そうね、私に告白して振られたっていう噂を流してあげる」
やりかたが凄く陰湿だ。しかも僕と江本が付き合っていると言う噂が流れているためリアティーがあるから尚悪い。猫殺しの犯人じゃなくて本当に良かったと、正直思った。
江本は近くのコンビニに立ち寄ると、マルチコピー機でデジカメの写真を現像して僕に手渡した。
「一応君にも渡しておくわ。何か気付いた事があったら教えて頂戴」
受け取った写真を見ると最初の時に撮った猫の死体のものまであることに気付いた。
世の中便利になったものだ。こんな写真をカメラ屋で現像してもらったら不審がられるだろうが、今では。それこそ暗室とかやたらと気を遣う現像といった事をしなくても簡単に現像する事ができる。個人的には一眼レフにフィルムというアナログの方が好きなのだが、時代はお手軽な方が好みらしかった。
僕は写真を見ながらある事に気付いた。僕らは捜査のセオリーとも言うべき事をしていない。
「なあ、聞き込みとかしたほうが良かったんじゃないか?」
「そうね、それも検討すべきかしらね」
「念頭には入れてなかったのか?」
「そこまでする必要はないと思っていたから」
江本は完璧猫殺しの犯人を舐めきっている。僕は江本の余裕に苦笑しつつ受け取った写真を見た。
何枚か写真を見ていくうちに、一枚の写真の端に映る白い看板に気付いた。目を凝らしてよく見ると警察の字がある。まさか猫殺し関連の情報提供に関する事かと思い、目を凝らすが予想に反した文字が見えた。
通り魔?ああ、この前愛海と話したあの連続斬りつけ魔のことか。
確かこの付近では下校時の小学生が切りつけられた。小学生は軽症だったが小学校側は保安員を通学路に立たせて児童は集団下校し、心配性な保護者は自分で送り迎えをしているという。容疑者として若い男が目撃されているが依然犯人は捕まっておらず、新たな被害者は増えるばかりという話だ。
まあ猫殺しとは関係ないだろ。
「特に手がかりは見つかってないな」
僕は写真を鞄にしまい、隣を歩く江本を見た。しかし当の江本は歩みを止めて僕の後方にいた。……人の話は聞けよ。
僕は来た道を戻り、何事かと思って江本が見る先を見るとそこにはゲームセンターがあった。そしてそこには見覚えのある筐体のポスターがある。
初めて江本に出会ったゲーセンで彼女がやっていたゲームだ。もしやと思って彼女を見ると目が輝いている。
「……やりたいわけ?」
「ええ、もちろん」
「……やれば?」
「言われなくても」
江本は嬉々とした表情でゲームセンターに入っていき、ゲーム筐体の前に座ると早速百円玉を投入した。
彼女の様子を見ていると、なんだか本当に嬉しそうだ。
サウンドと共にデモシーンが表示されていた画面が暗転しプレイモードの選択場面に変わる。江本は慣れた仕草で次々に設定を選択していった。
CPUとの対戦を始めた江本は物の数分でパーフェクト勝利し、2回戦へと移るがそれもパーフェクトで勝った。
……ちょっとCPUが弱いんじゃないのか?それとも江本が強いのか?
江本は不満そうにブラウン管を見つめ、それから僕を見た。
「ちょっと君、相手をしなさい」
「なんでだよ」
「コンピュータ相手では面白くありません」
生憎な事に対戦台に他のプレイヤーの姿はなく、彼女に挑戦する人間はいなかった。
「……一回だけだからな」
僕は一枚だけ百円玉を取り出して彼女の横の対戦台に座った。
操作方法は江本のやっているのを見て理解している。それに基本はソリッドフェンサーと大体同じだから、苦ではないだろう。
僕は握り締めた百円玉を台に投入した。
僕が使用するキャラクタを選択すると、僕が挑むまでもなく江本が挑戦し、対戦へと移行した。僕が江本を窺うと、彼女も僕を見て微笑んだ。
「手加減は無しですから」
「お手柔らかに頼むよ、マジで」
たぶん江本は僕の言葉なんか聞いていない。本気で当たってくるだろう。僕もソリッドフェンサーをやる身として簡単に負けるわけにもいかない。せめて一本ぐらいはとりたいものだ。
僕が選んだキャラクタはソリッドフェンサーで使っているアステリスクと同じ双剣士だ。使い慣れているタイプの方が勝ち目はあると判断したからだったが、ソリッドフェンサーほどこのゲームは使用武器によってステータスに変動が無いようなのであまり関係ないかもしれない。
江本が選んだのは片手剣士。前にこのゲームをやっているのを見た時と同じキャラクタだ。使い慣れたキャラクタを使うという事は本当に手加減なしらしい。少しだけ大人気なく感じるが、文句は言わない。
僕がコントローラの操作方法を確認している間にランダムにステージが選ばれ、ステージの上で二人のキャラクタが相対した。
僕はあまりPvPはしたことが無い。それは単に他のプレイヤーと関わるのが面倒なだけで、それ以外の理由は無い。だから僕は一対一の戦闘はもちろん、人間を相手にした戦闘の経験が圧倒的に不足している。おそらく僕に勝ち目は無い。
でもやるだけやるしかないか。僕は苦笑を浮かべ、コントローラを手に馴染ませた。
カウントダウンがゼロになり、戦闘が開始される。
弾かれるように江本のPCが動き、僕に攻めかかる。僕はバックステップ、そして江本の左サイドへPCを動かす。江本のPCは右手に剣を持っている。よって隙は左に生じやすい。江本のPCは盾を持っているが、左に回り込めば江本の攻撃は避けれるので迷わずそちらへ攻撃を仕掛ける。
次第に江本のPCを軸に円を描くように攻防が続く。前に読んだ本には強い人間を中心に弱い者が円を描いて戦うと書いてあった。……ということは弱いのは僕か。
僕は特に代わり映えのしない戦いを続けた。隙があれば踏み込み、攻撃が迫れば退いてガードするの繰り返し。ヒット・アンド・アウェイ。決め手はないが、みすみす負けるわけでもない。
じきに江本が痺れを切らし、無茶な攻めをしてくる。僕は退いて江本の攻撃をガードし、攻撃の機会を待つ。
呼吸が吸ったら吐かなくてはいけないのと同じように攻撃をしたらどこかで退かなくてはいけない。攻撃が強力であればあるほどその反動は大きいものだ。
案の定、江本は追撃を止めて一旦退く素振りを見せた。僕は追撃すべくガードをキャンセルする。しかし予想外の事が起きた。後ろへ退くと思われたPCは一転して一気に攻め寄り、発動の速い弱攻撃が繰り出される。
フェイント…!
気付いたときにはもう遅い。ガードは間に合わずに攻撃を食らい、そこから連続コンボへ繋げられて一気に体力ゲージを削り取られる。
やられてしまった。僕はどうにか踏ん張るが一気にゲージを削られたのは大きく、勝つことは出来なかった。
江本が一本先取。次のゲームで僕が負ければ江本の勝ちだ。
「結構やるじゃない」
江本は笑みを浮かべる。彼女はお世辞を言わない人間だろうから、お世辞ではないのだろう。しかし結構≠ネんて曖昧な表現は意味をどうとでもとれるので軽く流す事にする。
「簡単には負けないよ」
僕なりに闘争心を表した。
カウントダウンが終わりを告げ、二回戦目が始まる。
もともと一回戦目は勝ちにはいっていない。操作方法に慣れていないので、それを確認する必要があったのだ。だから僕は一回戦目の間に操作方法を覚え、そしてコンボを練習していた。大体の格ゲーの連続攻撃というのは結構似たり寄ったりで併用できるものも少なくないというのが僕の持論だ。
だからいきなりの連続攻撃で意表を突き、一気に仕留める。強敵である江本を倒すには不意を突くしかない。
僕は一回戦目から一転して攻めに転じた。多少のダメージを気にかけることなく、江本を攻め続ける。急に変わった僕の戦い方に江本は戸惑いを感じていた。その戸惑いが隙を生む。小さくてもいい、つけ入る隙が必要だった。
そしてチャンスは割りと早くやって来た。江本がコマンドミスを起こしたのだ。発動されるべき技がでないほんの一秒にも満たない隙だったが、僕はそれを逃さない。
僕は連続攻撃にうってでる。江本のPCに近付き突き上げる。バックモーションをコマンド技でキャンセルしてそのまま攻撃、続けて横薙ぎ斬り払いコマンド技。
慣れていないため長い連続技にはならなかったが戦況は圧倒的有利になった。江本の体力ゲージは半分以下。僕はまだ半分より少しある。
横目でちらと見ると江本は唇を噛んで険しい顔つきをしていた。彼女もこの状況は僕が有利であると感じているのだろう。もしかしたら勝てるかもしれない。
僕は更に集中し気を抜かないように画面を見つめた。油断は禁物だ。
……なにか見落としている気がする。なにか大事な事を忘れていないか?
僕は言い知れぬ違和感を覚え、状況を確認する。体力ゲージ、制限時間、PCの立ち位置。
……しまった。これはソリッドフェンサーや先日やった格ゲーとは違うルールなのを失念していた。僕がそのことに気付いたのと同時に江本が斬り込んできた。それだけ見ればただ無謀な攻めだっただろう。だが今回は状況が違った。
力任せな攻撃に僕のPCは後方へ飛ばされ、リングアウトした。ソリッドフェンサーには無い負けだった。
二対〇で江本のストレート勝ち。結局僕は彼女に負けた。
「君、本気でやった?」
江本は僕に顔を寄せ、僕を窺った。少し顔が近くて少しだけ心臓が高鳴る。いやこれは戦闘の余韻と考えておこう。僕は自然な仕草になるよう努めながら江本から離れる。
「そのつもりだけど、初めてならまあこんなもんだろ」
僕はブラウン管を眺めた。すでにゲームオーバーとなりデモ画面に切り替わっている。
「そう、ならいいわ」
江本はあっさり引き下がり、満足した笑みを浮かべまだ続いているゲームに視線を落とした。僕は苦笑を浮かべて江本の横をゆっくりと離れて立ち上がり、ゲームセンターの中を見渡した。特に根拠があってやった行為ではないし、意味も無かった。無意識ってやつだ。
だがそれが幸いした。
ゲームセンターに入ってくる見覚えのある影に目が止まった。スキンヘッドになりきれない頭。数日前に僕がゲーセンでコーラまみれにした坊主頭だ。
僕はすっかり二つの点を失念していた。
まずここが江本が好きなゲーム筐体が置いてある珍しいゲームセンターであり、そして僕らが問題を起こした坊主頭は江本の好きなアーケードゲームをやっていたという点だ。
確率は低くとも例の坊主頭を鉢合わせする可能性はあり、そして坊主頭が一杯食わされた僕のことを忘れている可能性も低かった。
僕は周囲を見渡し退路を探すが生憎な事に、こちらは袋小路で逃げ道は無い。
「どうしたの?」
少し訝しげな顔で江本が僕を見た。もしかしたら江本の顔も覚えられているかもしれない。もしそうだとしても二人して坊主頭と顔を合わせる必要もない。
僕はどうするか悩んだ。
この前みたいに逃げるか?でももうこの前みたいにはいかないだろう。
じゃあ戦うのか?でも今日は向こうには連れがいる。喧嘩の覚えのない僕じゃ到底歯が立たないのは目に見えている。じゃあどうする?
選択肢は多くはない。
僕は覚悟を決めた。
「君は少しここで待って、頃合を見計らって出てくるといい」
僕はそれだけ言うと坊主頭のほうに向かって歩いていった。
江本は頭がいい。僕の言葉足らずな説明を理解できるだろうし、不服だろうとも僕の行動を無駄にはしないほど賢いだろう。
僕はさりげなく坊主頭へと近付く、気付かないならそれでもいいのだがどうやらそううまくはいかないみたいだ。
「おい」
坊主頭は僕に気付き、腕を掴んだ。
僕は腕を掴まれた事に驚いた顔をし、そして坊主頭の顔を見て更に驚いたような顔をする。
坊主頭の顔が怒りに歪んだ。やっぱり怒っているらしい。坊主頭が腕を引く。この前と同じスキだらけの動作。全然学習していない。
僕は拳を見つめた。その軌道を読む。ゲームに比べれば簡単なものだ。
そして僕は殴られた。
派手なエフェクトもなければダメージカウンターの減少もない。ただグーで顔を殴られ、勢いで僕は後ろへ倒れた。そして僕は地面に倒れたまま起き上がらなかった。賭けだったが幸いな事に坊主頭の追撃はなかった。
坊主頭は満足したような笑みを浮かべ、そして自分の拳を撫でた。たぶん痛かったんだろう。何か僕に言ったみたいだったが僕には聞き取れなかった。
周囲が少しだけざわめいている。この前よりもこのゲームセンターは人がおり、人目を気にしてかすぐに坊主頭とその仲間達は立ち去った。
坊主頭が立ち去ったのを確認して僕は上体を起こした。それを見て江本が駆け寄ってくる。
「君、大丈夫なの?」
「平気だよ。殴られる直前に後ろへ引いて威力を弱めたから」
一応確認するが血は出ていない。口の中も鉄の味がしないので大丈夫だろう。それを確認して少しだけ安堵する。
「でもずっと倒れてたじゃない」
「起き上がるってことは刃向かうってことだ。無意味に相手を刺激する必要ないよ」
あの時起き上がっていたら再び殴られていたかもしれない。ボクシングと同じだ。立ち上がれば試合は続くが、倒れたままだとKO負けになる。負けるが勝ちという事も現実ではありえる。それがゲームとは違う点だ。
「全部計算づくってこと」
「勝ち目のない勝負はするもんじゃない。うまく負けるのも必要さ」
僕は立ち上がり、江本に笑いかけた。しかし彼女はなぜか機嫌が悪そうだった。物価と彼女の気分は変わりやすいものだ。だが物価と同じように江本の気分にも変化の理由がある。
「どうかした?」
「……なんで戦わないのよ」
「やだよ、喧嘩したって意味なんか無い。痛いだけじゃないか」
「君は戦わなかったけど、痛い思いをしたじゃない」
「程度が違うよ。今回は最小限の痛みにとどめる事ができた。わざわざ痛い思いを追加してまで喧嘩する必要なんてないだろ」
僕は江本がさっきのことを話しているとばかり思っていた。だがもしかしてほかの事を言っていたのかもしれないと気付いた。
『お前はいつになったら本気を見せるんだ?』――宍戸の声がエコーする。
違う。僕はそんな期待されるような人間じゃない。
「君はいつもそう。逃げるばかりじゃない。逃げてばっかりいないで戦いなさいよ。戦わないで勝てるわけないじゃない」
全て勝ち負けで区別する江本に少しだけ腹が立った。確かに僕は逃げてばかりだ。そんな僕が言うのもなんだが勝ち負けばかりでもないだろう。引き分けることが大事な事もあるだろうし、最初から戦わないことが最良である事もある。
「君は勝つことにこだわり過ぎじゃないか?人生は二種類で分けられるほど簡単じゃないだろ」
江本は反論する言葉を捜していた。その隙に僕は言葉を噤む。
「僕は確かに負けるのが怖い。自分を否定されるのが怖いからな。だから僕は負けると分かっている戦いはしない。僕は強くないからね、勝てない勝負はしない主義だ」
「逃げ続けるほうがよっぽど惨めよ。それに君は私より断然強いでしょ。なんで本気にならないのよ」
「買いかぶりすぎだ。君に勝てるわけが無い」
「君は私に勝ったわよ。何度となくね。君が気付いてないだけよ」
江本に勝った覚えなんかあまり無い。しいていえば入試のときぐらいだろうか。それにしても偶然だ。僕はあそこで運を使い果たしたんだろう。
「それはまぐれだ」
「君はどこまでも手を抜くのね。私が精一杯生きてるのに、君は半歩後ろで眺めてるだけ。みんなが必死で動き回っているのを見て君はチェシャ猫のにやにや笑いを浮かべるんだわ。それが私は許せない。謙遜が日本人の美徳だと思っているなら教えてあげる。君のそういうところが大嫌い」
竹を割ったようにどこまでも真っ直ぐで、いつも全力で突っ走ってきた江本と逃げ続けて来た臆病者の僕は徹底的に違う。
その違いを理解していない彼女が疎ましく思い、そして僕の天邪鬼が首をもたげた。口にしてはいけないと気付きながらも僕は舌を御せなかった。
「君に好かれるために生きてるわけじゃない」
彼女は唐突に僕の胸を殴った。もちろんグーでだ。痛みに一瞬息が止まり、僕は衝撃で後ろへよろめいた。彼女は僕を真っ直ぐに睨み付けた。
「死んじまえ。クソ萩野。クソらしく一生惨めに空を見上げてやがれ」
優等生であるはずの彼女は凄く汚い言葉で僕を罵り走り去っていった。
僕は彼女を追う事は出来なかった。追いついても彼女にかける言葉が分からなかったからだ。ただ僕の言葉が彼女を怒らせたのは間違いない。江本に殴られたところがまだ少しだけ痛い。坊主頭に殴られたところよりもなぜか江本に殴られた方が痛かった。
彼女をあそこまで怒らせた僕はもしかしてとんでもない悪党なのではないかと思った。
僕は少しだけ、後悔した。
*
通常GvGは専用のフィールドで行われる。
GvG専用フィールドには試合中は参加プレイヤー以外入ってはこれず、そして参加プレイヤーも試合開始時に登録されたプレイヤー以外は入れないという閉鎖的空間になっている。
フィールドは基本的に長方形で、互いの陣地である城の間に森が広がっていたり、遺跡のポリゴンが点在する。
城といっても簡単なポリゴンで、ちょっとした迷路になっているだけであまり城自体には意味は無い。
要はキング、グレイマン同盟では841を倒されなければいいのだ。
もう試合は始まっている。練習がてらの交流試合といえども、トーナメントに出場する以上負けるわけにはいかない試合だ。
僕はEDと共に初期位置である城を出て森へとPCを進ませた。森の木はある種の障害物となっており、戦況を多少左右する意味合いがあるようだった。たぶん841やEDみたいに攻撃力を重視したPCなんかだと一撃で木を斬り倒す事ができるのだろうが、スピードを重視した僕のPCには無理そうだった。
僕は更に進み、遺跡のあるところまでやってきた。
遺跡といっても古びた石壁がぽつりぽつりと立ち並びオベリスクやら石段やらがあるだけで、これも木と同様に戦況に変化を及ぼすために存在するみたいだった。
僕はフィールドをつぶさに見て回った。何か戦況を有利に進めるためのヒントがないかと思ったのだ。
《841: FWはそのまま前進。MFは所定位置について》
ギルドチャットを通して841の指示がでる。841は安全なところで全員の動きをモニターしているはずだ。どういうシステムなのか興味があるが、今は周囲に気を配ることにする。
〈DOOM: がんばれよ〉
同じ道を通ってきていたMFのドゥームが声をかけてきた。EDに劣らぬ樽のような巨体で、大きな戦斧を持つ髭面のPCだった。
〈ED: あっさりと片を付けてやるよ〉
〈DOOM: 俺の分の獲物も残しておいてくれよ〉
ドゥームの言葉に苦笑しつつも僕はPCを進める。
EDの指示に従い僕は彼らの後ろに付いて進んでいく。
《841: FWはひとまず敵を倒す事よりも防衛ラインを越える事を考えて。漏らした敵はMFで片付けさせるから》
FWは攻撃専門というわけだ。841は倒しても数ポイントにしかならない歩兵ではなく、倒せばその時点で終わりのキングを倒す事だけを念頭に入れている。
でもそれだったらFWに僕なんかではなく、もっと攻撃的なプレイヤーを入れれば良かったのではないか?
疑問が頭をよぎったその時、モニターに陰が映った。
僕はPCを後退させて奇襲を回避、同じくEDも攻撃を回避した。
敵戦力は2。僕らと同じくFWのようなポジションなのだろう。それにしても攻め上がるのが早い。あちらもキングだけを狙っているのだろう。
重剣士であるEDよりも先に僕は体勢を立て直し牽制の攻撃を加える。
相手はどちらも片手剣士だが攻撃スピードは僕の方が上だ。攻撃力が低くともスピードでカバーしEDにつなぐ為の時間を稼ぐ。相手は二人なので分が悪いが、一方の太刀筋ともう一方の位置が被るようにして一度に二人を相手にしないように動けばなんとかなる。
EDが動き始めるのと同時に僕は退き、EDと入れ替わる。EDの大剣がスイングされ、強力な一撃が二人のPCに同時に加えられる。
一人はガードに成功したが、もう一人は大ダメージを受けて倒れかけ、受身をとりすぐに起き上がって僕らとの間合いを広げた。
ここで時間を食うわけにはいかないが、彼らに背を向けるわけにもいかない。
そんなことを考えていると敵側が別方向に走り去っていった。ちょうどドゥームがいる方向だ。
《841: 小物はMFに任せてFWは前進して》
僕らが動く前に841からの指示がギルドチャットを通して与えられる。
確かに僕らの後ろには何人ものMFが控えている。無理をして僕らが倒さなくても彼らが仕留めるだろう。それに僕らFWは何よりも優先してキングを討ち取らなければいけない。
〈ED: 行くか〉
〈*: 行きましょう〉
僕らは互いに声を掛け合うとフィールドを回り込むような順路を取った。これは不用意な接触を避けるためで、キングに出来るだけ近付く目的もあった。
敵側に気付かれずに城に近付くことに成功し、敵側のキングを視認した。まだ気付かれてはいないようだったので再びフィールドの陰に隠れてEDと会話を交わす。
〈*: こうも簡単にいくと面白くないですね〉
〈ED: 確かに戦闘がないとつまらんが、無駄な戦闘は避けなくてはいけない。それにここからは簡単にはいかないさ〉
〈*: ですね。護衛がやたらと多いですし〉
〈ED: MFが三人とDFが二人か。俺たちだけじゃキツイな〉
キングの周りには予想以上の護衛が張り付いていた。僕らの他のFWもキングに近付いているはずだが、どこにいるのかは分からない。
〈ED: とにかくあの護衛をどうにかしないとな……。841に近くのMFを呼んでもらうか〉
僕は少し考えた。今僕らがここまで近付いているのは絶好の機会だ。この状況を利用しない手はない。
〈*: EDさん、キングに出てきてもらいましょう〉
僕の意図に気付いたようでEDは僕を窺った。
〈ED: 本気か?〉
〈*: ええ、他の人の協力が必要ですけど〉
EDはしばらく考えていたが意を決したようにギルドチャンネルにメッセージを入力した。
《ED: 841、MFをこちらに数人寄越してくれ。作戦がある》
EDは841に僕らの作戦を手短に説明した。
《841: つまりキングをあぶり出せばいいわけね?》
《*: そうです。それとできるだけ護衛を大勢引き付けてくれればいいんですけど》
《841: 分かったわよ。私も出向いて注意をひきつけるわ》
確かにキングである841が出向けば、仕留めようと敵戦力は集まるだろう。だが841にとって危険な行動でもある。
《*: 大丈夫ですか?》
《841: 私を誰だと思ってるの?私の心配よりもあなた達のする事を考えなさい》
凄い自信だ。しかし僕が知る中で841が一番強いのも確かだ。僕は841を信じる事にした。
キングと護衛たちの分断。それが僕らの作戦だった。
呼び寄せたグレイマンの面々が一気に城に攻め寄り奇襲をかけた。護衛のPCは奇襲に驚き動作が遅れつつもキングを守るべく立ちふさがり行く手を阻んだ。グレイマンの城を目指していた敵側のPCもそれに加わりその場は全勢力のぶつかり合う戦場へと一変した。その中には841の姿もあり、戦女神の如く戦場の真ん中で剣を振るっている。なんか皆楽しそうだ。
その混乱に乗じてキングは城の裏手から逃げ出していく。総力戦の場からキングだけを逃がすのが普通だろうし、城に逃げ道を設けるのも当然の事だ。だけど普通すぎて僕らにもキングの動きが予測できる。
裏手から姿を現したキングは僕とEDの姿を見止め、驚きに動きを止めた。
僕らはそれを見逃すことなく一気に攻め寄った。それを受けキングも弾かれたように回避行動に移る。
キングは全体の指揮を取ることが出来る特殊なポジションだ。自身が危険にさらされれば歩兵を呼び寄せて守らせればいい。だがキング自身が戦闘状態に入ればどうか?プレイヤーは人間であり手は二本しかない以上PCのコントロールと文字の入力は同時に行えず、PCを動かせば指揮を取ることは出来なくなる。だからグレイマン同盟ではPCの操作に支障が出ないように一桁の数字で表す簡易連絡方法を決めていた。しかし相手側のギルドではそこまで考えていなかったようだ。
護衛たちを呼び寄せる時間もないうちに僕らが現れ、キングは焦っただろう。
守ってくれる者が誰もいない裸の王様だ。これは完璧なチェックだった。
だがキングが予想外の動きをした。僕らの攻撃が入らない遠距離で制止し、こちらに向き直った。何をする気か訝しく思いながら攻め寄ろうとしたがキングがふいに見覚えのあるモーションを始めた。
魔導士か!?
僕と同時にEDが回避。僕らのいた所を発動された火炎弾がかすめる。比較的弱い魔法攻撃だが遠距離からの攻撃が可能であるため少々厄介だ。
魔法のコマンド入力はキーボードによる最低四桁の数字の入力により発動される。桁数が増えればそれだけ魔法そのものの威力は増し、最大十六桁までの魔法が存在する。それほどの魔法になると直撃の度合いにもよるが体力ゲージの半分近くは持っていけるほどだ。
だが数字の入力ミスを起こせば魔法は発動しない上、遠距離攻撃技にも関わらず攻撃範囲は狭いので動いている敵に当てるのは至難の業なため、ソリッドフェンサーではあくまで支援型の扱いとなり魔法を使うプレイヤーはあまりいない。グレイマン同盟でもJISを含めて二、三人いるかどうかだ。
目の前のキングは攻撃補助として魔法を使用しているようで、JISほど魔法に特化しているわけではなさそうだったが、その方が汎用性が高く余計に一筋縄にはいかない。流石はキングを務めているだけあるということだ。
僕とEDは左右に分かれ、キングの挟むように攻撃を仕掛ける。魔法攻撃は指向性が高いものだけでなく広範囲にダメージを与えるものもあるが、自分の背後にまで攻撃できる魔法などない。
一方が囮になり、もう一方が攻めるというわけだった。僕がスピードの速い攻撃でキングを足止めし、EDが大剣で切りつけてダメージを増やしていく。思いのほかコンボが決まりキングの体力ゲージを削る事に成功したが、そもそもキングに選ばれるようなPCである。体力の容量はかなり大きく簡単には仕留めれそうにない。
だがそこに異常に気付いたDFの一人が姿を現した。それにEDが反応。キングと交戦中の僕との進路を塞ぎ、DFを自分にひきつける。EDが時間を稼いでいるうちに始末をつけなくてはいけない。
キングはというと一人で僕を倒す事は無理と判断したようで、僕の攻撃を食らわないようにしながら本隊と合流し、さらにキングは徹底的に守りに入ったようでリヴァイヴァーを使い続けて体力を元に戻そうとしていた。僕はアイテムを使う暇を与えないように攻撃の手を強める。だがどうも僕の攻撃だけでは決定力に欠けている。
少し僕が焦り始めたとき、EDが引きつけていたDFがEDを振り切りキングを庇うように前に立ちふさがり、僕に攻撃を仕掛けてきた。
僕は咄嗟に回避し、そしてEDが間に入ってDFを攻撃。DFの体力はかなり削られていたようでEDの一撃で倒れた。
DFの攻撃に僕の注意が逸らされた間にキングは魔法コマンドを入力していた。距離があるため僕の攻撃は届かない。僕はアイテムから爆雷を選択し、キング目掛けてそれを投げ、光のエフェクトと共に爆音のサウンドが轟く。
爆煙にキングが包まれ、魔法攻撃は発動されなかった。どうやら牽制になったらしい。
僕らはその隙に一気に間合いに入り込み大きく剣を振りかぶった。
キングも魔法を発動させようとするが、入力ミスにより不発。
僕の攻撃がクリティカルヒット。魔法の不発による待機状態にあったためガードが成立せずに僕の攻撃がまともに入った。続けざまにEDが切り込み連続コンボへとつなげる。
勝負は決した。
キングがEDの攻撃に倒れ、派手なサウンドと共に試合終了を告げるグラフィックが表示される。
僕は吐息と共にコントローラを握る手を緩めた。
〈841: お疲れさん、やったじゃない〉
クレイドゥル・オブ・ムーン≠ノ再び集まったメンバーを前に841はねぎらいの言葉をかけた。
〈BEBEO: 今回のMVPはアスとエドかな?〉
〈ESP: いや今回の作戦は全員の協力あってのものだから全員がMVPってことで〉
〈1977: それじゃあMVPじゃないだろ〉
全員が談義を楽しんでいるのを離れて見ていた僕にEDが近付いてきて声をかけてきた。
〈ED: やったな。今日のアレは功労賞ものだ〉
〈*: どうも。でも僕一人じゃキングは倒せませんでしたよ〉
〈ED: お世辞はなんか言っても何もでないぞ〉
〈*: いえ本音です。どうも僕は決定力がないです〉
僕の戦い方は地道に削るためどうしても長期戦になりがちだ。その間にアイテムなどで回復されるとどうしても弱くなってしまう。
〈ED: なに、だからペアで動くんだろ〉
EDは楽観的に捉えているようだが、先日のMADのことを考えると僕はそうもいかなかった。
あの口調から言ってMADはGvGでなにかするつもりらしい。それがどうも気になっていたのだ。
〈ED: そうだ俺なりにMADについて調べてみたんだが、聞くか?〉
EDもMADは気にしたようで独自に調べていたようだった。
〈*: 僕も少し気になってました〉
〈ED: そうか。あいつはPvPはよくやる奴みたいだが、お前にやったようなPK紛いなことをしたのはアシュレイやアースの時以外にはないみたいだ。ただ強いっていう事意外は普通のプレイヤーだな。ギルドには加わっているが積極的に交流はしないタイプで、好戦的なところ以外はお前みたいなプレイヤーだな〉
〈*: 誰が平和主義者ですか〉
〈ED: お前はどちらかというと事なかれ主義者だ〉
EDの皮肉は無視して考えに集中する。
僕は演習試合の前にコロシアムの前にあるトーナメントの管理センターに立ち寄った。管理センターには今回のトーナメントに出場するチームとプレイヤーに関する情報がある程度集められている。僕は次に対戦するボイルドエッグの名簿を覗くと、そこには予想通りの名前があった。―――MAD。
奴はGvGを楽しみにしていると言った。トーナメント制なので勝ち進めるかどうかすらわからないのだから、初戦の相手以外にはあんな事は言えない。
EDもMADの事を調べたとき所属しているギルドも、そのギルドがグレイマン同盟の初戦の相手だという事も分かったはずだ。だがEDはどういう理由からか分からないが僕に教えなかった。
ただ試合前に余計な事を考えないようにとの親切心か、それとも単に説明する必要が無いと考えたのか、ただ忘れていただけなのか。
EDが何を考えたのかを考えるのは意味がない。問題はMADだ。
MADはなぜ僕らを、いや正確に言えばアシュレイとアースにPvPを挑み、僕にPK紛いなことを仕掛けたんだ?ただGvGの初戦の相手を調べるためか?ただ先走って挑発してきただけか?それとも他の理由があるのか?
分からないことだらけだ。
それでも試合は近付いている。